高山への少しハードな登山は、毎回
お天気も 体力も コロナも なにか事故があったらということも
あれこれ心配や不安を抱えながら出発する。
行かないほうが楽だろうな・・・いや、でも、やっぱり行こう。
それは、私が勇気を出して、私自身をそこへ連れていく、というイメージに近い。
そうしてひとつずつ乗り越えて、たくさんの景色とたくさんの植物たちに会う。
霧がかかるブナ林、直径は50cm以上の巨木が多い
新潟県笹ヶ峰 火打山・妙高山への登山口
たとえば、お天気が不安定な時、お天気がいいから早く行かなくちゃとか、後で後悔しないように先にどこに行くべきか?などと思考がぐるぐると回りだす。
でもあるとき、不安でいっぱいの時には、「今」という時間をまったく楽しんでいないことに気がついた。
ただ足元だけをみて進んでいるだけで、まわりの景色も、植物も、鳥の声も、香りも、なにも感じていない、ということに。
まさに登山はそんな世界だ。お天気や自分のコンディションによって選択は変わるし、今からそれを考えていてもしょうがない。
世界の片隅で、このすばらしい自然のなかにいられる、その瞬間を感じながら進もう。
不安や焦りの思考が走りだすたびに気持ちを切り替える。まるで瞑想だな。
でもね、そうすると、思わぬ出会いがそこここにあると気づくことができる。
私たちはこんなにも豊かな世界につながって生きていることを感じられる。
夏の雪解けはまさに、刻々と変わる今をみせてくれる
前日つぼみだった花が今日開く。みじかい夏を全力で駆け抜ける、高山植物の花たち。
くるくると巻いて芽吹くイワイチョウの葉の間から、咲きだしたハクサンコザクラ
こういった池塘の点在する湿地は、「天狗の◯◯」「神の◯◯」というなまえが付けられていることがよくある。昔の人も、この景色に特別なファンタジーを感じたのだろうな。
予期しない、すばらしい景色は、事前に写真でみたとしてもほとんど意味がないくらい圧倒的。
もしかしたらワタスゲは、ムーミンの世界からやってきたのかもしれない。
イワカガミの花を次々と訪れるミヤママルハナバチ
虫たちも忙しいね!
朽ちた切り株のうえの植物たちの生命の営み 小さな宇宙のよう
モウセンゴケ、そしてとらえられた虫たち
思いつきでここにきてみたのに、この場を離れがたくて、3時間くらい過ごす。
ほとんどだれも出会わない。
途中で歩きつかれて木道の上でひと休み。
濃い霧がスピードをあげてやってきたり、青空がのぞいたりと、刻々と変化して、まるで雲と遊んでいるみたいだった。
ひとつひとつが、今ここでの出会いなんだなぁ、と深く感じた登山だった。感謝❣️
高谷池ヒュッテ 火打山のふもとの山小屋と高谷池